第十雄洋丸事件で大安丸と大成丸の活躍とは?深田サルベージ建設とは?【アンビリバボー】

こんにちは!lumoです!

11月15日に放送される
奇跡体験!アンビリバボー」では
1974年に起きた日本の重大海難
される「第十雄洋丸事件」に関して
取り上げられます。

この事件でとても大きな活躍をした
深田サルベージ建設と民間タグボート
大安丸」と「大成丸」に関しても
放送されるようです。

そこで、「第十雄洋丸事件」に関する
ことと「大安丸」、「大成丸」の活躍、
深田サルベージ建設に関して調べて
みました。

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「第十雄洋丸事件」とは?

第十雄洋丸事件」とは、
1974年11月9日に発生した
LPGタンカー衝突炎上事故
ことです。

東京湾の中ノ瀬航路を水先艇である
「おりおん1号」の先導で航行中であった
LPG・石油混載タンカー第十雄洋丸」に
木更津港を出港して中ノ瀬航路に入ろうと
した貨物船「パシフィック・アレス」が
正面から突っ込む形での衝突事故
発生しました。

結果的には「第十雄洋丸」は、
20日間、炎上しながら漂流した後、
11月28日18時47分、海上自衛隊に
よって犬吠埼灯台の東南東約520kmの
海域に沈没したのです。

この重大海難では「第十雄洋丸」と
パシフィック・アレス」の
認識の違いと、両者が衝突するまで
回避行動をしなかったことが衝突の
原因とされてます。

大安丸・大成丸の活躍について

第十雄洋丸事件」では炎上しながら
漂流する「第十雄洋丸」をけん引して
移動させるということがとても重要な
ことでした。

大量のLPGを積んでいた「第十雄洋丸」の
炎上・爆発は最新の消防船でも消火
できなかったからです。

第十雄洋丸」は、炎上しながら
川崎市街地方面に向かて漂流し始めて
しまったため、海上保安庁は
第十雄洋丸」を安全な場所へ座礁
させることにしたのです。

ですが、当時の海上保安庁には
大型船舶を曳航できる機材はなく、
深田サルベージ建設に曳航を依頼した
のです。

そのほか民間3社のタグボートが
協力し、巨大タンカーを移動
させたようです。

そこで活躍した民間タグボートが
大安丸」と「大成丸でした。

追記

コメントより「アンビリバボー」で、
活躍が放送された大安丸」と「大成丸
株式会社ウィングマリタイムサービスの
タグボートだったそうです。

株式会社ウィングマリンタイムサービスの
社史にも以下のような記載がありました。

1975年9月1日、防災の日に、
前年のタンカー火災事故での
救出活動が認められ、
「大安丸」「大成丸」両船に
「船長外乗組員一同 殿」として、
内閣総理大臣賞が贈られた。

引用:http://www.wingmsc.co.jp/files/history/70.html

Wikipediaでは以下のように
現場での行動が記載されていました。

深田サルベージ及び現場のタグボートは、
消防艇の放水支援の下、民間タグボートの
船長が放水支援を受けながら船体後部に
接近、直接船体を手で触って温度確認を
実施した後、進入可能として船員3名が
船尾のパイロットラダーより乗船、
船尾作業甲板に曳索を取り付けて曳航を
開始し、千葉県富津沖の浅瀬に座礁させた。
なお曳航開始地点は川崎市の防波堤から
700メートルの位置であり、
曳航に失敗した場合、川崎市が焦土化する
恐れもあった。

引用:Wikipedia

詳細に関しては「アンビリバボー」で
放送されると思いますが、
曳航開始地点は川崎市の防波堤から
700メートルの位置だったというのは
驚きです。

もし失敗していたらということを
考えるととても恐ろしいですよね。

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深田サルベージ建設とは?

深田サルベージ建設」に関しても
調べてみました。

深田サルベージ建設株式会社
総合海事業者です。

海難救助(沈没・座礁した船舶の
サルベージ)や、橋梁架設、
船舶・浮体構造物の海上輸送、
海洋開発事業など、海洋分野に関する
幅広い業務を行なっています。

最近では、台風21号関西空港
連絡橋にタンカーが衝突して損傷して
しまいましたが、損傷した橋桁を
撤去する作業に「深田サルベージ建設」の
クレーン船が使われていましたね。

あまり身近ではありませんが、
本当に幅広く業務を行っている
ようです。

企業情報は以下の通りです。

企業名:深田サルベージ建設株式会社

所在地:大阪市港区

設立:1949年7月23日

代表者:代表取締役社長 三崎幸三

業種:建設

事業内容:海洋土木および海洋開発関連事業

資本金:6億5000万円

これまでの社歴は以下の通りです。

1910年(明治43年)7月
広島県呉市で、深田海事工業所として発足。

1949年(昭和24年)7月23日
法人に改組し深田サルベージ株式会社となる。
バージ輸送、曳航・重量物荷役・海洋土木・
鉄鋼構造物の運搬、組立、据付など
海洋開発事業に業種を拡大。

1964年(昭和39年)
羽田トンネル埋設工事(東京・海老取川)

1970年(昭和45年)
山口県柱島沖に沈没していた戦艦陸奥の解体・
引き揚げの実施(遺骨収集も併せて実施)

1974年(昭和49年)
第十雄洋丸事件で、炎上したまま
東京湾を漂流するタンカー第十雄洋丸を
東京湾外へ曳航。

1975年(昭和50年)
関連会社として近畿興産株式会社を設立
1978年に新日本海事株式会社に商号を変更、
2013年に吸収合併。

1988年(昭和63年)
深田サルベージ建設株式会社に商号を変更。

1988年(昭和63年)
福島県鵜ノ尾岬沖で沈没した海洋調査船
へりおすを引揚げ
(海洋調査船へりおす遭難事故)

1988年(昭和63年)
なだしお事件で沈没した遊漁船第一富士丸を
引き揚げ。

2002年(平成14年)9月11日
九州南西海域工作船事件で自沈した北朝鮮の
不審船を引き揚げ。

2010年(平成22年)
東シナ海で沈没した漁船、山田丸を引き揚げ。

2012年(平成23年)
新潟港内で沈没したロシア貨物船の引き揚げ、
撤去を実施。

2014年(平成26年)3月30日
沖ノ鳥島での港湾整備事業で設置作業中に
桟橋の転覆事故が発生した。

2016年(平成28年)
呉市の実施した戦艦大和の探査、
水中撮影への協力を実施。

引用:Wikipedia

とても歴史がある企業ですね!

社長の三崎幸三さんに関しても
調べてみたのですが、詳しい情報は
見つかりませんでしたが、今後
新しい情報が見つかりましたら
記載していきます。

15日の「アンビリバボー」では
大安丸」と「大成丸」の
乗組員たちの活躍の詳細が
放送されると思うので、楽しみですね!

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